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【解説】インフルエンザ治療薬について【2025年版】

[2025.11.19]

はじめに

 

2025年10月7日に日本小児科学会が「2025/26 シーズンのインフルエンザ治療・予防指針」を、

11月10日には日本感染症学会が「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬 バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)の使用についての提言 2025/26 シーズンに向けて」という声明を発表しました。

 

これらにより、主に「ゾフルーザ」に関する推奨度が昨年までと変更されましたので、この2つの提言をまとめてここに整理したいと思います。

 

 

ゾフルーザは、2018年に塩野義製薬が発売した、1回飲みきりタイプのインフルエンザ治療薬です。

2025年9月には顆粒タイプも発売されました。

高い効果が期待される一方、主に小児科領域で、耐性株の出現と蔓延が懸念されておりました。

 

 

以下、「ゾフルーザ」と「タミフル」「イナビル」などの既存薬の比較を中心に解説したいと思います。

 

 

基本用語

  • ゾフルーザ®

正式名:バロキサビル マルボキシル

「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ」というウイルスの酵素を止めて増殖を抑える、内服1回で済むインフルエンザ治療薬です。

 

  • ノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)

インフルエンザウイルスの「ノイラミニダーゼ」という酵素をブロックする従来薬で、

オセルタミビル(タミフル®)、ザナミビル(リレンザ®)、ラニナミビル(イナビル®)、ペラミビル(ラピアクタ®)などをま とめた呼び方です。

 

1. 発熱期間(熱の下がるまでの時間)の比較

1-1. A型インフルエンザ(A(H1N1)pdm09、A(H3N2))

a) 成人・年長児を含む全体の傾向
  • 小児~成人 11,897例・26試験をまとめた解析では、

    病気全体の期間はザナミビルが最も短いものの、ゾフルーザもNAIと同等以上の短縮効果を示したとされています(A型とB型をまとめた解析)。

  • 12歳以上の健常小児・成人を対象としたランダム化比較試験では、

    ゾフルーザはプラセボより有熱期間が有意に短縮し、

    オセルタミビルと比べても同等以上の効果とされています。

b) 2022/23シーズン(主にA(H3N2))日本の臨床研究
  • 対象:A(H3N2) の患者 73名(12歳未満43名を含む)

    • ゾフルーザ群:36名

    • オセルタミビル群:20名

    • その他のNAI群:17名

  • 発熱期間の中央値

    • ゾフルーザ:27.0時間

    • オセルタミビル:38.0時間

    • その他のNAI:36.0時間

 

⇛A型では、ゾフルーザの方が約10時間程度早く熱が下がる傾向がありましたが、統計学的な有意差はついていません。

 

c) 2023/24シーズン(A(H1N1)pdm09・A(H3N2)・Bがほぼ同数)
  • 対象:A(H1N1)pdm09 25例、A(H3N2) 36例、B 65例

    ゾフルーザ群70例、NAI群56例の観察研究。

  • ゾフルーザ群の発熱持続時間(中央値)

    • A(H1N1)pdm09:18.5時間

    • A(H3N2):23時間

    • B型:24時間

  • ラニナミビル群の発熱持続時間(参考)

    • A(H1N1)pdm09:56時間

    • A(H3N2):32時間

    • B型:34時間

 

⇛A型では、ゾフルーザの方がラニナミビル(イナビル®)より明らかに早く解熱しており、

オセルタミビルとの直接比較でも「同等〜やや優位」と整理されています。

 

1-2. B型インフルエンザ

a) 2023/24シーズンの観察研究(上記と同じコホート)
  • B型65例を含む解析で、ゾフルーザ群のB型の発熱持続時間(中央値)は24時間と、

    A型と同程度で短く保たれていました。

  • 一方、オセルタミビル群では、

    解熱までの時間:

    • B型:58.5時間

    • A(H1N1):18時間

    • A(H3N2):31時間

 

オセルタミビル(タミフル®)はB型に対する効き目がA型より弱い傾向があり、

5日目にもB型の野生株ウイルスが4/9例(44%)で残っており、この群では平均発熱144時間と発熱が長引いていました(野生株が出なかった群は70時間)。

 

日本小児科学会の指針でも、複数の研究に基づき

「B型ではゾフルーザはNAIより有熱期間が短い」とする報告が複数あるとまとめています。

 

 

まとめ(発熱期間短縮効果)

  • A型

    ゾフルーザ ≧ NAI

  • B型

    ゾフルーザ ≫ オセルタミビル

 

 

2. 合併症(肺炎・入院など)の比較

2-1. 全体(A型+B型)

  • 小児~成人 11,897例のネットワークメタ解析では、

    インフルエンザ関連合併症(肺炎・気管支炎・中耳炎など)の発生率が最も低かったのがゾフルーザでした。

    同じ解析で、嘔気・嘔吐といった有害事象もゾフルーザが最も少なかったとされています。

2-2. B型のみを対象とした日本の大規模データベース研究

  • 対象:B型インフルエンザ患者

    • ゾフルーザ群:4,822名

    • オセルタミビル群:10,523名

  • IPTW(インバース確率重み付け)で背景を揃えて比較した結果:

    • 入院率(発症2〜14日目)

      • ゾフルーザ:0.15%

      • オセルタミビル:0.37%(リスク比 2.48)

    • 追加の抗インフルエンザ薬の併用率

      • ゾフルーザ:0.22%

      • オセルタミビル:0.57%(リスク比 2.47)

    • 肺炎発症率

      • ゾフルーザ:0.16%

      • オセルタミビル:0.57%(リスク比 3.57)

 

⇛B型に限ると、入院・肺炎ともにゾフルーザ群の方が明らかに少ない結果で、

日本感染症学会は「B型ではゾフルーザの重症化予防効果が優れている」と評価しています。

 

3. ウイルスの伝搬性; 家族へのうつりやすさ(家庭内二次感染)

a) ゾフルーザ vs プラセボ(治療的投与の伝播抑制効果)

  • 5〜64歳のインフルエンザ患者「index case」1,457名と、その同居家族2,681名を対象とした国際共同無作為化試験。

  • index case に発症48時間以内に

    • ゾフルーザ

    • プラセボ

      を投与し、5日間の同居家族のインフルエンザ陽性率を比較。

  • 結果:

    • プラセボ群:13.4%

    • ゾフルーザ群:9.5%

    • 調整オッズ比:0.68(約3割の二次感染抑制)

 

b) ゾフルーザ vs オセルタミビル(BLOCKSTONE試験の事後解析)

  • 家庭内でゾフルーザによる予防投与(曝露後予防:PEP)の効果を評価したBLOCKSTONE試験の事後解析で、

    index case が

    • ゾフルーザ治療:116例

    • オセルタミビル治療:69例

      の家庭で二次感染を比較したところ、ゾフルーザ治療群では、二次感染発症率が41.8%低下していました。

  • index case が12歳未満の子どもの場合に限ると、二次感染発生率は45.8%低下していたと、日本小児科学会指針に記載されています。

 

c) 米国での実地調査

  • CVS pharmacy が行った18歳以上の患者を対象とする前向きサーベイランス:

    • ゾフルーザ群:90名

    • オセルタミビル群:196名

  • 家族内感染率:

    • ゾフルーザ群:17.8%

    • オセルタミビル群:26.5%(相対リスク 0.67)

 

⇛ いずれの研究でもA型とB型を厳密には分けていませんが、

A・Bが混在した現実のシーズンで、ゾフルーザ治療を受けた方が家族へのうつり方が少ないという結果が示されています。

 

4. 副作用(安全性)の比較

4-1. 一般的な副作用

  • 大規模なネットワークメタ解析では、

    嘔気・嘔吐といった消化器症状はゾフルーザが最も少なかったとされています(A型+B型全体)。

  • 日本感染症学会の2つのメタ解析でも、

    ゾフルーザはオセルタミビルと比較して

    • ウイルス量の低下

    • 有害事象の減少

    • 罹病期間が短い傾向

      が示されています。

 

4-2. 変異ウイルス(PA/I38X)の問題

  • ゾフルーザ投与中に、ウイルスの酵素(PAサブユニット)にI38X変異を持った「低感受性変異ウイルス」が出現することがあります。

  • 2016/17シーズンの治験では

    • 治療後3〜9日に9.7%で変異ウイルスが検出

    • そのうち約85.3%で一時的にウイルス量が増え、

      症状悪化も約10%前後に認められました。

  • 年齢別の変異出現頻度(I38X変異)

    • 6歳未満:52.2%

    • 6〜11歳:18.9%

    • 12歳以上の思春期小児〜成人:10.3%

    • 65歳未満の成人:7.1%

    • 65歳以上:14.6%

  • ただし指針では、

    「変異ウイルスが出現しても、治療経過(症状の改善)に与える影響は極めて小さく、野生株に置き換わることも認められていない」とまとめられていて、最新の見解では臨床的には大きな問題にはならないとされています。

5. その他の差異

  1. B型に対する薬の効き目とウイルスの性質

    • 2024/25シーズン終盤に流行したB型(C.3re 4:4)は、

      抗原性の変化によりワクチン効果が下がり、オセルタミビルへの感受性も変化している可能性が指摘されています。

    • こうした背景から、B型ではゾフルーザを第1選択とすることを日本感染症学会は推奨しています。

  2. 費用対効果

    • オランダ、日本、米国の解析では、

      高齢者や合併症リスクの高い成人でゾフルーザは費用対効果が良い(支払う医療費に対して得られる健康効果が大きい)と報告されています。

  3. 投与方法の違い

    • ゾフルーザ:内服1回で終了  顆粒:イチゴ味

    • オセルタミビル:1日2回・5日間内服  ドライシロップ:苦い

    • ザナミビル、ラニナミビル:吸入

    • ペラミビル:点滴静注

      → 苦い薬が飲めない乳幼児や、吸入が難しい子ども、内服が続かない患者さんでは、薬剤選択に大きく影響します。

 

6. 年齢別の推奨

6-1. 日本小児科学会「2025/26シーズン治療・予防指針」から

年齢

A型インフルエンザ

B型インフルエンザ

コメント

新生児〜1歳未満

基本はオセルタミビルを推奨。ゾフルーザは積極的には推奨しない

B型については本文で個別に検討とされるが、原則として慎重。

経験が少なく安全性データが限られるため、タミフル®中心

1〜5歳

オセルタミビルが中心。吸入薬(ザナミビル・ラニナミビル)は多くの場合吸入困難。ゾフルーザは慎重に検討。

B型ではゾフルーザの有利さを踏まえ、症例ごとの判断で使用を検討

服薬性・誤嚥リスク・変異ウイルス頻度(6歳未満で高い)を踏まえ、一律の強い推奨はせず

6〜11歳

A型にはゾフルーザは慎重投与。オセルタミビルや吸入薬も選択肢。

B型にはゾフルーザ使用を提案(推奨)

B型での明らかな優位性を踏まえた記載。A型ではI38変異の頻度が高い年齢であることも考慮し「慎重に」。

12歳以上(思春期〜成人前)

ゾフルーザをA・B型ともに推奨

ゾフルーザをA・B型ともに推奨。特にB型は第1選択。

12歳以上では変異ウイルスの出現頻度も低く、臨床研究データも豊富なため、ゾフルーザを積極的に使用可能

 

6-2. 日本感染症学会「ゾフルーザ使用提言(2025/26)」から

  • 対象年齢:主として12〜19歳および成人の外来患者

  • ゾフルーザは

    1. 抗ウイルス効果・臨床効果ともにNAIより優れる(同等〜それ以上)

    2. B型インフルエンザにはゾフルーザによる治療を推奨

    3. ゾフルーザ治療投与自体が家族内伝播を抑制する

    4. アミノ酸変異ウイルスが出ても、治療効果はほぼ保たれる

 

7. 薬価別の比較(参考)

総じて、ゾフルーザは割高な計算になります。

 

1. 成人の1コース薬価

薬剤

剤形

用量(1コース)

1コース薬価目安(10割)

オセルタミビル先発(タミフル)

カプセル 75mg

75mg 1日2回 ×5日(計10カプセル)

約1,890円

オセルタミビル後発

錠/カプセル 75mg

75mg 1日2回 ×5日(計10錠/カプセル)

約1,080円

ザナミビル(リレンザ)

吸入粉末 5mg/ブリスター

10mg(2ブリスター)1日2回 ×5日(計20ブリスター)

約2,270円

ラニナミビル(イナビル)吸入粉末

吸入粉末 20mgキット

40mg単回(20mgキット×2)

約4,200円

ペラミビル(ラピアクタ)

点滴静注 300mgバッグ

300mg単回静注

約6,200円

バロキサビル(ゾフルーザ)錠(40〜80kg)

錠 20mg

40mg単回(20mg錠×2)

約4,880円

バロキサビル(ゾフルーザ)錠(80kg以上)

錠 20mg

80mg単回(20mg錠×4)

約9,760円

 

2. 小児 15kg前後の1コース薬価

薬剤

剤形

用量(1コース・15kg想定)

1コース薬価目安(10割)

オセルタミビル先発DS(タミフルDS3%)

ドライシロップ 3%

30mg 1日2回 ×5日(総量300mg ⇒ DS約10g)

約1,200円

オセルタミビル後発DS 3%

ドライシロップ 3%

同上

約800円

ラニナミビル(イナビル)吸入粉末

吸入粉末 20mgキット

20mg単回(20mgキット×1)

約2,100円

バロキサビル(ゾフルーザ)錠

錠 10mg

10mg単回(10〜20kg)

約1,540円

バロキサビル(ゾフルーザ)顆粒2%

顆粒分包

10mg相当(顆粒1包)単回

約1,670円

ペラミビル(ラピアクタ)

点滴静注 150mgバイアル

10mg/kg×1回=150mg単回静注

約3,180円

 

3. 小児 30kg前後の1コース薬価

薬剤

剤形

用量(1コース・30kg想定)

1コース薬価目安(10割)

オセルタミビル先発DS(タミフルDS3%)

ドライシロップ 3%

60mg 1日2回 ×5日(総量600mg ⇒ DS約20g)

約2,410円

オセルタミビル後発DS 3%

ドライシロップ 3%

同上

約1,590円

ザナミビル(リレンザ)

吸入粉末 5mg/ブリスター

10mg(2ブリスター)1日2回 ×5日(計20ブリスター)

約2,270円

ラニナミビル(イナビル)吸入粉末

吸入粉末 20mgキット

40mg単回(20mgキット×2)

約4,200円

バロキサビル(ゾフルーザ)錠

錠 20mg

20mg単回(20〜40kg)

約2,440円

バロキサビル(ゾフルーザ)顆粒2%

顆粒分包

20mg相当(顆粒2包)単回

約3,330円

ペラミビル(ラピアクタ)

点滴静注 300mgバッグ

10mg/kg×1回=300mg単回静注

約6,200円

 

 

参考文献

2025年10月7日 日本小児科学会「2025/26 シーズンのインフルエンザ治療・予防指針」

https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20251022_2025-2026_infuru_shishin.pdf

2025年11月10日 日本感染症学会 「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬 バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)の使用についての提言 2025/26 シーズンに向けて」

https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/influenza_251110.pdf

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