ヒトメタニューモウイルス感染症
ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus:hMPV)は、RSウイルスと同じ「ニューモウイルス科:Pneumoviridae」に属する呼吸器ウイルスで、乳幼児から高齢者まで幅広い年齢で感染を起こします。
上気道炎(いわゆるかぜ)から、細気管支炎・肺炎などの下気道感染まで、症状の幅が広いのが特徴です。1)
世界的な疫学研究では、hMPVは
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乳幼児の急性呼吸器感染症の主要な原因ウイルスの一つであり、
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多くの子どもが幼児期(〜5歳)までに一度は感染すると考えられています。1)
流行する時期と年齢層
日本の小児クリニック(広島)で3年5か月にわたり調べた研究では、発熱(39℃以上)と咳を伴う下気道感染児379人のうち、26%にhMPVが検出され、最も頻度の高いウイルスでした。2)
この研究では、
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hMPV感染はほとんどが2〜7月に集中し、
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年齢は平均3.5歳(2か月〜9.7歳)
で、特に1〜6歳の乳幼児に多いことが示されています。2)
また、米国の前向きサーベイランス(5歳未満の入院・外来児)でも、
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入院児の6%、外来児の7%からhMPVが検出され、
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年間のhMPV関連入院率は、5歳未満で1,000人あたり1例、生後6か月未満では3例と推定されています。3)
症状と経過の特徴
主な症状は、
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発熱
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咳・痰
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鼻水・鼻づまり
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ゼーゼー(喘鳴)、呼吸が苦しそう
などで、RSウイルス感染症とよく似ています。1),2)
前述の広島の研究では、肺炎を除くhMPV単独感染児76例で、
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発熱(38℃以上)の平均期間は4.6日(2〜8日)
と報告されています。2)
また、同研究では
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hMPV単独感染93例のうち、下気道感染(ぜーぜーの気管支炎・肺炎など)が56%
であり、発熱とともに数日かけて咳・呼吸症状が強くなっていく経過が多くみられました。2)
このため、臨床現場では
「発症直後よりも、3〜5日目あたりが一番つらそうに見える」
という印象を持たれることが多いです。
もちろん、全員が同じパターンではなく、軽く済むお子さんもいれば、早い時期から急に悪化するケースもあります。
肺炎・細気管支炎、入院の頻度
日本の一次診療(外来中心)
前述の広島の研究では、hMPV単独感染93例の診断内訳は以下の通りでした。2)
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上気道炎(いわゆるかぜ):41例(44%)
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ぜーぜーを伴う気管支炎/細気管支炎:20例(22%)
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気管支炎:19例(20%)
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肺炎:7例(8%)
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クループ症候群:6例(6%)
また、hMPV感染児98例のうち4例(4%)が入院となっており、
多くは外来で経過観察できる一方で、一部では肺炎や重症の細気管支炎に進行して入院が必要になることがわかります。2)
国際的なデータ
米国の住民サーベイランス研究(米国3郡、5歳未満)では、3)
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入院した3,490例中200例(6%)
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外来受診3,257例中222例(7%)
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救急受診3,001例中224例(7%)
でhMPVが検出されており、
「RSウイルスに次ぐ重要な小児呼吸器ウイルス」と位置づけられています。
将来の喘息リスクとの関係
乳幼児期のウイルス性下気道感染(特に細気管支炎)が、その後の喘息リスクを高めることはよく知られていますが、hMPVも例外ではありません。
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乳児期にhMPV細気管支炎で入院した子どもを3歳・5歳まで追跡した研究では、
3歳・5歳時点の喘息および気道閉塞性疾患の頻度が対照群より有意に高く、
「乳児期のhMPV細気管支炎は5歳時の喘息の重要なリスク因子」と結論づけられています。6)
RSウイルスと比べて「どちらがより強く喘息リスクに影響するか」についてはまだ議論がありますが、少なくとも
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重症のhMPV細気管支炎・肺炎を起こした乳幼児では、その後数年間、喘鳴や喘息症状が出やすい
ということは、多くの研究で示されています。1),6)
当院としても、
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乳幼児期にhMPVで入院レベルの下気道感染を起こしたお子さんは、
→ その後しばらくは「咳・ゼーゼーの出やすさ」に注意しつつ、喘息の早期介入も視野に入れてフォローしています。
検査について
1. どんな検査がある?
迅速抗原検査(イムノクロマト法)
鼻咽頭ぬぐい液などを用いて、数十分で結果がわかる検査です。
代表的なリアルタイムPCRと比較した研究では、4)
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感度:82.3%
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特異度:93.8%
と報告されており、外来診療での迅速診断に有用とされています。
PCR検査
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RT-PCRなどの遺伝子検査は最も感度が高い方法で、
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研究施設や大病院で、重症例・入院例・集団発生の解析などに使われます。1),3)
一般のクリニックでは、主に迅速抗原検査と臨床像を組み合わせて診断することが多くなります。
2. 抗原検査の保険適応
厚生労働省の「臨床検査の保険適用について」(保医発1227第4号)では、
ヒトメタニューモウイルス抗原定性について、次のような算定条件が示されています。5)
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対象患者:
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当該ウイルス感染症が疑われる6歳未満の患者であって、
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画像診断(胸部X線など)により肺炎が強く疑われる場合
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ポイントとしては:
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「ちょっと咳と鼻水が出ているから念のため全部のウイルスを調べる」という用途ではなく、
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6歳未満+画像上肺炎が強く疑われる場合に限定した検査
として位置づけられている、ということです。
当院でも、
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臨床症状・聴診・SpO₂・X線所見などを踏まえ、
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「肺炎かどうか」「抗菌薬が本当に必要か」「入院が必要か」の判断材料として有用と考えられるときに、
→ 保険適応の範囲内でhMPV抗原検査を行います。
治療について
現時点で、hMPVに対する特異的な抗ウイルス薬やワクチンは承認されていません。1),3)
そのため治療は基本的に対症療法となります。
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解熱剤(アセトアミノフェンなど)
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十分な水分摂取
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喘鳴や呼吸困難がある場合の吸入治療(β₂刺激薬)
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必要に応じた酸素投与、点滴、入院管理
細菌性肺炎の合併が疑われる場合を除き、抗菌薬(抗生物質)は原則不要です。
ご家庭での注意ポイント
次のような場合は、早めの受診・再診をおすすめします。
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呼吸が速い、胸が大きくへこむ(陥没呼吸)がある
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ゼーゼー・ヒューヒュー音が強く、苦しそう
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顔色が悪い、唇や爪が紫っぽい
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水分がとれない、尿が極端に少ない
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高熱が4〜5日以上続き、むしろ咳や呼吸状態が悪化していると感じる
hMPVは多くの場合「自然に治るウイルス感染」ですが、
一部では肺炎・細気管支炎などに進行し、入院が必要になることもあります。
特に乳幼児や基礎疾患のある方は、早めの受診・こまめなフォローが重要です。
参考文献
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Kahn JS. Epidemiology of human metapneumovirus. Clin Microbiol Rev. 2006;19(3):546–557.(
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Hara M, et al. Human metapneumovirus infection in febrile children with lower respiratory diseases in primary care settings in Hiroshima, Japan. Jpn J Infect Dis. 2008;61(6):500–502.
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Edwards KM, et al. Burden of human metapneumovirus infection in young children. N Engl J Med. 2013;368:633–643.
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Matsuzaki Y, et al. Evaluation of a new rapid antigen test using immunochromatography for detection of human metapneumovirus in comparison with real-time PCR assay. J Clin Microbiol. 2009;47(9):2981–2984.
-
厚生労働省保険局医療課. 臨床検査の保険適用について 保医発1227第4号, 2013.
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García-García ML, et al. Human metapneumovirus bronchiolitis in infancy is an important risk factor for asthma at age 5. Pediatr Pulmonol. 2007;42(5):458–464.
