リンゴ病(伝染性紅斑)
1. リンゴ病とは?
いわゆる「リンゴ病」は、ヒトパルボウイルスB19というウイルスによる伝染性紅斑(erythema infectiosum)という病気です。
ほとんどは幼児〜学童でみられる発疹性疾患で、
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頬がリンゴのように赤くなる「ビンタ様紅斑」
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網目状(レース様)の発疹が腕や足、体に広がる
といった特徴的な皮疹を伴います1,2)。
ウイルスは赤血球のもとになる細胞(赤芽球)に感染し、それを壊す性質があるため、特殊な基礎疾患をもつ方では貧血が悪化する・無形成発作を起こすといった合併症も知られています1)。
2. 日本での流行状況(どのくらいあるの?)
日本では、リンゴ病(伝染性紅斑)は感染症法に基づく「5類感染症(小児科定点把握)」として、全国の小児科定点医療機関から毎週報告されています1,2)。
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報告の約9割以上が9歳以下の小児で、特に5歳前後がピーク1)。
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2010〜2015年のデータでは、4〜6年周期で大きな流行をくり返すことが示されており、
2001年、2007年、2011年、2015年などが大流行の年でした1,2)。
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流行年には、例年初夏(6〜7月ごろ)にピークをとる傾向が知られています1,2)。
COVID-19流行期には世界的に報告数が減っていましたが、2024〜2025年にかけて再び活動性の上昇が指摘されており、日本でも小児を中心に注意喚起が行われています2)。
3. 症状と経過:こどもと大人の違い
1)こどもでよくみられる経過
リンゴ病は、多くの場合軽い風邪のような前駆症状 → 数日後に発疹という2段階で進行します3,4)。
前駆期(発疹が出る前)
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軽い発熱
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頭痛
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軽い咽頭痛・倦怠感
など、いわゆる「風邪」に似た症状が数日続きます3,4)。
発疹期
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顔:頬にくっきりとした紅斑が出現(「ビンタされたよう」と表現される)3,4)。
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体・手足:数日以内にレース状・網目状の発疹が腕・脚・体幹に広がる1,2,3)。
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発疹はかゆみを伴うこともあるが、1週間前後で次第に薄くなり、ときに数週間〜1か月程度、日光・入浴・運動などでぶり返すこともあります4)。
2)大人のリンゴ病
大人では
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目立つ発疹が出ない
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かわりに関節痛・関節炎(手指・膝など)のみが強く出る
といったケースが多く、特に成人女性で多いとされています3,4,5)。
NIIDのレビューやClin Microbiol Revの総説でも、
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成人パルボウイルスB19感染の重要な病型の一つとして「関節症」を挙げており、
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発疹が目立たないため別の病気と誤認されやすい
ことが強調されています1,5)。
4. どうやってうつる? いつが一番うつしやすい?
主な感染経路は
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咳・くしゃみなどによる飛沫感染
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鼻水などの分泌物を介した接触感染
です1,2,3,4)。
潜伏期間は一般に4〜15日程度1,3)。
もっとも重要なのは、
「一番うつしやすいのは発疹が出る“前”」であり、頬が赤くなってからは、通常ほとんど感染力はない
という点です1–4)。
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NIIDの解説:
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「臨床症状が出る前に感染性があり、典型的紅斑出現後は一般に感染性はない」1,2)。
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MotherToBaby/CDCやCDC HANでも、
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「症状が出る前が最も感染性が高く、発疹出現後は感染力は低い/ほぼない」と説明されています3,4,8)。
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5. 「登園・登校」の目安
学校保健安全法では、リンゴ病はインフルエンザのような明確な出席停止期間の規定はありません。
公的機関の情報を総合すると1–4,8):
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発疹が出た時点では、すでに感染力はほとんどない
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発疹が残っていても、
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全身状態がよく
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発熱がなく、元気で日常生活が送れるなら
→ 登園・登校が可能と判断されることが多い
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ただし、妊婦さんや重い血液疾患の方が身近にいる場合には、個別に配慮が必要になるため、園・学校・主治医と相談して決めることをお勧めします。
6. 特に注意が必要な方
1)妊婦
ヒトパルボウイルスB19は胎盤を通して胎児に感染することがあり、
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母体感染の約20%で胎児に感染し、
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そのうち約10%で流産・死産が報告されています1)。
すなわち、妊娠中に初感染した場合の全体としての胎児への重篤な影響は数%程度と考えられますが、特に
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妊娠9〜20週ごろの感染で胎児水腫・胎児死亡のリスクが高い
ことが日本の研究7)やCDCのまとめ8)で示されています1,7,8)。
Chisakaらの宮城県の前向き研究(妊婦478例)では7)、
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B19感染妊婦100例のうち
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約半数は無症候
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多くは母体・児ともに予後良好
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一部で胎児水腫・胎児死亡を認め、
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とくに妊娠前半期の感染でリスクが高い
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ことが報告されています。
CDC HAN 2024のまとめでは8)、
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妊娠中のB19急性感染に伴う胎児貧血・胎児水腫・胎児死亡などの「有害転帰」のリスクは
5〜10%程度と推定
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リスクは妊娠9〜20週の感染で最も高い
とされています。
妊婦の方へのポイント
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お子さんや保育・教育現場で働く妊婦さんは、
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手洗い・マスクなど一般的な感染対策に加え、
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流行期には園・学校からの情報にも注意
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「リンゴ病と診断されたこどもと濃厚接触があった」「自分に紅斑や発熱が出てきた」場合は、
→ 産婦人科でのB19 IgM/IgG抗体検査や超音波での胎児フォローが推奨されます1,7,8)。
日本では、「リンゴ病を強く疑う妊婦」のB19検査は健康保険の適応となります1)。
2)溶血性貧血などの基礎疾患をもつ方
パルボウイルスB19は赤芽球を標的細胞とするため、
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鎌状赤血球症
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βサラセミア
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遺伝性球状赤血球症
など溶血性貧血をもつ患者では、骨髄での赤血球産生が一時的に止まり、
「一過性赤芽球癆(aplastic crisis)」
と呼ばれる重い貧血発作を起こしうることが、古くから知られています1,5,9)。
2020年の系統的レビューでは、SCD・βサラセミア患者を対象とした11研究をまとめ、
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これらの患者群ではB19感染が生命を脅かす合併症になり得る
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適切な輸血・支持療法によって多くは回復するものの、早期診断が重要
と結論づけています9)。
3)免疫不全のある方
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造血器悪性腫瘍
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造血幹細胞・臓器移植後
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HIV感染
などで免疫が低下している方では、
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ウイルス排除ができず、長期にわたってウイルス血症が持続
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慢性の貧血や血球減少症
を来すことがあり、免疫グロブリン静注療法(IVIG)が検討されます1,4,5,8)。
7. 検査:いつ・誰に必要?
1)典型的なこどものリンゴ病
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頬がリンゴのように赤い
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その後、体や手足にレース状の発疹
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大きくは元気で、発熱も軽度〜中等度
といった典型的な小児例では、臨床診断のみで十分であり、 routine での採血・ウイルス検査は必要ありません1,3,4)。
2)検査が望ましいケース
以下のような場合は、血液検査(B19 IgM/IgG抗体、PCR)が推奨されます1,5–8)。
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妊婦さんの初感染が疑われる場合
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溶血性貧血・造血器疾患などを背景に、原因不明の重度貧血・網赤血球減少がある場合
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免疫不全者で、原因不明の慢性貧血・汎血球減少が続く場合
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発疹が典型的でなく、麻疹・風疹・川崎病などとの鑑別が問題となる場合
2023年の Kaida らの報告では、「臨床症状だけでは伝染性紅斑と診断しにくく、他の発疹症と誤診されることが多い」ことが指摘されており、適切な症例での血清学的検査・PCRの有用性が示されています6)。
3)検査法について
NIIDの解説1)によると、
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IgM抗体:
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感染後約2週間(紅斑出現時期)から陽性化し、約3か月持続
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IgG抗体:
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IgMの数日後から出現し、生涯持続(既感染の指標)
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PCR:
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血中B19 DNA量の評価により、感染時期や活動性の推定に有用
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日本では、特に「リンゴ病を疑う妊婦」に対する検査は健康保険の適応があります1)。
8. 治療:ほとんどは「経過観察+対症療法」
多くの健康なこども・成人では、
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特別な抗ウイルス薬は不要
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解熱鎮痛薬(アセトアミノフェンなど)や十分な水分、安静
といった支持療法のみで自然に軽快します1,3,4)。
CDCやNIIDの情報でも、
「特異的治療薬やワクチンはなく、対症療法が中心」
とされています1,4,8)。
重症例・ハイリスク例では
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溶血性貧血の患者:
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重度貧血時には輸血が必要になることがあり、
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免疫不全の患者:
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IVIG(免疫グロブリン静注)で慢性持続感染が改善することが報告されています5,8,9)。
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胎児水腫:
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妊娠中の胎児重症貧血に対しては、専門施設での子宮内輸血が行われることがあります8)。
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9. 予防と日常生活での注意点
日常でできる予防策
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石けんと流水でのこまめな手洗い
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咳エチケット(マスク・袖で口を覆うなど)
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タオルや食器の共用を避ける
など、他の呼吸器感染症と同様の対策が基本です2–4,8)。
ワクチンは?
現在、一般市民向けのパルボウイルスB19ワクチンは存在しません1,5)。
参考文献
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Japan Institute for Health Security. Erythema infectiosum (Human parvovirus B19 infection). IASR 37(1), 2016.
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Japan Institute for Health Security. Erythema infectiosum, Epidemiological week 1–25, 2025. IDWR Chumoku 2025.
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MotherToBaby (OTIS). Fifth disease (erythema infectiosum). MotherToBaby Fact Sheets. 2023.
-
Centers for Disease Control and Prevention. About Parvovirus B19. CDC Parvovirus B19 and Fifth Disease, 2024.
-
Heegaard ED, Brown KE. Human parvovirus B19. Clin Microbiol Rev. 2002;15(3):485–505.
-
Kaida Y. Contribution of parvovirus B19 in suspected cases of erythema infectiosum. J Med Virol. 2023;95:e28593.
-
Chisaka H, et al. Clinical manifestations and outcomes of parvovirus B19 infection during pregnancy in Japan. Tohoku J Exp Med. 2006;209(4):277–285.
-
Centers for Disease Control and Prevention. Increase in Human Parvovirus B19 Activity in the United States.Health Alert Network (HAN) 00514, 2024.
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Soltani S, et al. A literature review on the parvovirus B19 infection in sickle cell anemia and β-thalassemia patients. Trop Med Health. 2020;48:96.
