小児気管支喘息(子どものぜんそく)
このページは、
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子どもの「ぜんそく」が心配な保護者の方
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日常診療で小児喘息を診ている医療者の方
に向けて、最新のガイドラインに沿った小児喘息の考え方・治療のポイントをまとめたものです。
1. 小児喘息とは?
小児気管支喘息は、気道(空気の通り道)に慢性的な炎症が続き、
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「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という喘鳴
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夜間や明け方の咳
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運動するときの息苦しさ
などを繰り返す病気です。
日本の「小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2023(JPGL2023)」や国際ガイドライン(GINA 2024)では、「気道の慢性炎症」をしっかり抑え、症状ゼロの状態を維持することが治療の目標とされています。1),2)
昔のように「発作が出たらその都度お薬で止める」ではなく、
「毎日少量の薬で炎症を鎮め、健常児と変わらない生活を送る」
ことが、今の標準的な考え方です。
2. なぜ「発作ゼロ(トータルコントロール)」を目指すの?
子どもの肺は成長途中です。炎症や発作を繰り返していると、
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肺の成長が妨げられ、将来の肺機能が低くなりやすい(※後述)
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成人喘息として持ち越し、長引く咳や息切れの原因になる
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入院や全身ステロイドが必要な重い発作のリスクが上がる
といった問題が起こり得ます。1),2)
一方で、きちんとコントロールされた子どもは、
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体育・部活・水泳も、他の子と同じように参加できる
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夜ぐっすり眠れ、学校も休まずに通える
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将来の肺機能も良好に保ちやすい
ことが分かっています。
「ぜんそくと上手に付き合う」ではなく、「発作ゼロを当たり前にする」——
それが現代の小児喘息治療のゴールです。
3. 小児喘息を疑うサインと、受診の目安
こんな症状が続くときは要注意です
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風邪のたびに「ゼーゼー」「ヒューヒュー」と苦しそうな呼吸になる
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夜や明け方に咳き込んで目を覚ますことがある
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運動するとすぐに咳き込んだり息が上がったりする
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家族に喘息・アレルギー体質の人が多い
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乳児期から「気管支炎を何度も繰り返している」と言われている
すぐ受診・救急受診した方がよいサイン
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会話が途切れるほど息苦しそう
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肩で息をしている、肋骨の間が大きくへこむ
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唇や顔色が悪い(紫っぽい)
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発作止めの吸入をしても楽にならない
このような場合は、ためらわず救急受診や救急要請を検討してください。
4. 診断の流れ
年齢によって検査内容は少し変わりますが、一般的には
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詳しい問診(症状の出るタイミング、家族歴、アレルギー歴など)
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聴診(ゼーゼーしているか、左右差がないか)
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学童期以降では、呼吸機能検査(スパイロメトリー、呼気一酸化窒素など)
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アレルギー検査(血液・皮膚テストなど)
を組み合わせて診断します。1),2)
レントゲンは、肺炎や他の病気が疑われる場合のみ行うことが多く、
「喘息だから毎回レントゲン」ということはありません。
5. 治療の基本:「長期管理薬(コントローラー)」+「発作治療薬(リリーバー)」
喘息治療は大きく
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毎日続けて炎症を抑える 長期管理薬(コントローラー)
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苦しくなったときに使う 発作治療薬(リリーバー)
の2本立てです。
5-1. 長期管理薬(コントローラー)
① 吸入ステロイド薬(ICS):第一選択の薬
JPGL2023・GINAともに、中等症以上の小児の長期管理薬の第一選択は吸入ステロイド薬(ICS)とされています。1),2)
さらに複数の臨床研究・レビューで、経口のロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)と比べて、
ICSの方が発作や救急受診、全身ステロイド使用を減らすうえで優れていることが示されています。3),4)
ICSの特徴は以下の通りです。
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気道に直接少量のステロイドを届け、炎症を鎮める
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飲み薬や点滴のステロイドと比べ、全身への影響が非常に少ない
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正しい量・正しい吸入方法で使えば、発作を大幅に減らせる
② ICSの身長への影響について
保護者の方が最も心配されるのが「背が伸びなくなるのでは?」という点です。
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メタアナリシスでは、ICSを数年間使用した場合、最終身長が平均で約1cm程度低くなる可能性が示されています。5)
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一方で、コントロール不良の喘息そのものも、睡眠の質低下や低酸素などを通して成長障害のリスクとなり得ることが指摘されています。6)
つまり、
「必要量のICSを使って発作を防ぎ、しっかり寝て・しっかり運動できるようにする」
ことのトータルのメリットは、わずかな身長への影響を十分に上回ると考えられています。5),6)
当院では、
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身長・体重の推移を継続的にチェックしながら
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できる限り最小有効量への減量(ステップダウン)を検討していきます。1),2)
③ ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)などの経口薬
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シロップ・チュアブルなどで飲みやすく、
「吸入がどうしても難しいお子さん」「ステロイドに強い抵抗がある場合」などで役立つ薬です。
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軽症例ではICSと効果に差がないとされている一方、中等症以上の長期管理薬としてはICSより効果が弱いことが多く、ガイドラインでも「代替薬」あるいは追加薬として位置づけられています。3),4)
5-2. 発作治療薬(リリーバー)
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主に短時間作用性β2刺激薬(SABA)の吸入薬が用いられます。
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息苦しいときに数分で効き始めますが、炎症そのものは治していません。
「発作止めの吸入を週に何回も使っている」場合は、
「薬が効いている」ではなく
「長期管理が足りていないサイン」
と考え、コントローラー(ICSなど)の見直しが必要です。1),2)
6. 吸入療法とスペーサー
「薬が効かない」の多くは手技の問題
小児の吸入では、
「正しい薬」よりも「正しい吸い方」が重要と言っても過言ではありません。
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うまく吸えていないと、薬の多くが口やのどに付着してしまい、肺に届く量が減ります
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その結果、「効かないから量を増やす」「飲み薬を増やす」という悪循環になりがちです
スペーサー(吸入補助具)を使うと、
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吸うタイミングを合わせる必要が少なくなり
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乳幼児でもマスク付きスペーサーで、ゆっくり数回呼吸するだけで吸入できます
当院では、初回処方時・必要に応じて定期受診時に実際の器具を使ってデモンストレーションし、「吸入指導」に力を入れています。
7. アトピー性皮膚炎・食物アレルギーとの関係
アレルギーマーチという考え方
アトピー性皮膚炎 → 食物アレルギー → 喘息・アレルギー性鼻炎…
と、アレルギー疾患が年齢とともに「行進(マーチ)」するように現れることから、
「アレルギーマーチ」と呼ばれています。7),8)
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乳幼児期にアトピー性皮膚炎があるお子さんは、後に喘息や鼻炎を合併しやすい
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特に、重症のアトピー性皮膚炎では、喘息の合併率が高くなることが報告されています7),8)
ただし、
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すべてのお子さんが「教科書通りの順番」で進行するわけではなく
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近年は「アトピー・マルチモービディティ(多彩な併存パターン)」として、より複雑な経過が示されています8)
ポイントは、皮膚・食物・鼻のアレルギーと喘息を「別々に」見るのではなく、「一人の子どもの全体像」として評価することです。
当院では、
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乳児期からのスキンケア指導
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食物アレルギーの評価・負荷試験の相談
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アレルギー性鼻炎への対策
などを組み合わせ、アレルギーマーチ全体を見据えた診療を心がけています。
8. 「重症度」から「コントロール状態」へ
以前は、「軽症」「中等症」「重症」といった“重症度”で固定的に分類し、治療を決めていました。
JPGL2023やGINAでは、現在は
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日中症状の頻度
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夜間症状の有無
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運動制限の有無
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発作治療薬の使用頻度
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将来リスク(重症発作歴など)
を総合して、
コントロール状態良好 / 比較的良好 / 不良
という「現在のコントロール状態」で評価し、
薬を増減(ステップアップ・ステップダウン)していくことが推奨されています。1),2)
外来では難しい話は抜きにして、
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「ここ1か月、どのくらい咳やゼーゼーがあったか」
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「夜、どれくらい目が覚めたか」
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「体育や遊びで困らなかったか」
といった質問や問診票(ACT等)を通して、今の治療が強すぎないか・弱すぎないかを一緒に確認していきます。
9. 日常生活のポイント
日常生活で主に気をつけるべきことは、下記の点です。
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受動喫煙を避ける
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アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎、アトピー性皮膚炎の治療⋯副鼻腔炎は喘息コントロール悪化の一因としてよく知られています。
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ダニ・カビ対策、寝具管理
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予防接種(インフルエンザ等)
9-1. 運動・学校生活
コントロールされている喘息児は、基本的に運動制限は不要です。
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マラソンやサッカー、水泳などの激しい運動も、事前に医師と相談し、必要なら運動前の予防吸入を取り入れることで参加可能です。1),2)
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学校や保育園には、「喘息児管理計画」や「指示書」などで、
発作時の対応や運動制限の目安を共有すると安心です。
9-2. 感染症(インフルエンザ・COVID-19など)との関係
インフルエンザを含むウイルス性呼吸器感染症は、小児喘息発作の大きな引き金です。
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ぜんそくをもつ子どもは、そうでない子に比べて、インフルエンザに関連する外来受診・入院が多いことが報告されています。9)
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最近のレビューでも、喘息児にとってインフルエンザは「特に避けたい感染症」であり、ワクチン接種と日頃のコントロールが重要と強調されています。10)
COVID-19に関して
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現時点のデータでは、小児喘息そのものがCOVID-19重症化の大きな上乗せリスクになるという明確な証拠は乏しいとされていますが、11)
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不要な発作や救急受診を避けるためにも、
平時からのコントロールと、基本的な感染対策(手洗い・咳エチケット・ワクチンなど)が大切であることに変わりはありません。
9-3. 気象(気温・湿度・季節の変わり目)との付き合い方
保護者の方からもよく聞かれる
「台風や季節の変わり目に悪化しやすい気がする」
という“あるある”には、一定の科学的根拠があります。
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気温や湿度の急激な変化があった1〜2日後に、小児喘息の救急受診件数が増えることが報告されています。12)
特に、
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季節の変わり目(秋〜冬・春〜梅雨)
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急に暑くなる・寒くなる日
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湿度が急に上がる日
には、
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いつもより早めに発作治療薬を準備しておく
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咳やゼーゼーが増えた時点で早めに受診・早めにコントローラーの調整
といった「一歩先を読む」対応が有効です。
10. よくある質問(Q&A)
Q1. ぜんそくは「治る」病気ですか?
A. 多くの子どもでは、成長とともに症状が軽くなったり、ほとんど出なくなったりします。
ただし、「何もしなくても勝手に治る」のではなく、
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子どものうちに炎症をしっかり抑え
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肺を十分に成長させておく
ことで、将来の大人喘息を防いだり軽くしたりできる可能性が高まります。1),2)
Q2. 吸入ステロイドはいつまで続ける必要がありますか?
A. 「症状が落ち着いてからの数か月〜1年単位」で考えます。
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少なくとも数か月以上、良好コントロールが続いているか
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季節要因(花粉・感染症の流行期)を考慮しても安定しているか
を確認しながら、少しずつ減量していきます(ステップダウン)。
急に自己判断で中止すると、強いリバウンド発作の原因になりますので、必ず主治医と相談してください。1),2)
Q3. ステロイドが怖いのですが、本当に大丈夫ですか?
A. 吸入ステロイド(ICS)は、飲み薬や点滴のステロイドとは全く別物と考えてください。
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ICSは、肺の局所に少量を直接届ける薬で、全身の血液中に入る量はごくわずかです
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身長への影響は平均で最終身長が約1cm程度という報告がある一方で、未治療の喘息自体も成長に悪影響を及ぼし得ます5),6)
医師と相談のうえ、
「最小限の量で最大の効果」を目指して使うことが大切です。
Q4. 他の子と同じように運動させても大丈夫ですか?
A. 適切にコントロールされていれば、基本的に“YES”です。
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運動前に予防吸入を行うことで、運動誘発喘息もかなり防げます1),2)
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運動を避けることのデメリット(体力低下・体重増加・ストレス)は大きく、
現在のガイドラインでも「運動はむしろ推奨」されています。
11. 参考情報
喘息と将来の肺機能
「少しくらいの咳やゼーゼーなら様子見で…」と思われがちですが、
子どもの時期のコントロール不良が、成人期の肺機能に影響する可能性が指摘されています。
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日本のコホートでは、コントロール不良群は良好群より小児期の%FEV1が低く
6–11歳で 80.2–79.2% vs 87.9–87.3%、
12–17歳で 80.0–81.1% vs 88.1–87.8% と報告されています。
さらに若年成人期の閉塞性換気障害が、女子 24.6% vs 1.4%、男子 24.4% vs 8.1% と大きく差が出ていました。13)
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海外の長期追跡研究でも、小児期に持続型/重症の喘息だった群は
42歳時の%FEV1が
対照 104% に対して 持続型 95%、重症持続型 85% と低値でした。
この差は思春期頃までにほぼ形成される可能性が示唆されています。14)
つまり、発作ゼロを目指すことは“生活の質”だけでなく、
将来の肺機能を守る可能性があるという点が重要なメッセージです。
参考文献
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小児気管支喘息治療・管理ガイドライン(2023)
-
Global Initiative for Asthma. Global Strategy for Asthma Management and Prevention 2024. GINA; 2024.
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