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おたふく風邪(ムンプスウイルス)

おたふく風邪(流行性耳下腺炎)とは?

いわゆる「おたふく風邪」は、ムンプスウイルスによる急性ウイルス感染症で、発熱と耳の前〜下にある耳下腺の腫れ・痛みを主な症状とします1)。

飛沫感染・接触感染でうつり、潜伏期間(感染してから症状が出るまで)はおよそ16〜18日です1)2)。

ムンプスは多くの方で自然に治る一方で、無菌性髄膜炎や脳炎、精巣炎、卵巣炎、膵炎、そして感音性難聴(ムンプス難聴)など、重い合併症を起こすことがあるため、「軽い病気」と言い切れない側面があります1)3)。

 

日本での流行状況と合併症

日本では任意接種であることもあり、2〜5年ごとに大きな流行を繰り返し、多い年には推定100万人近い患者が発生してきました3)4)。

 

合併症としては、

  • 無菌性髄膜炎:患者の約1〜10%3)

  • 精巣炎:思春期以降の男性の20〜30%3)

  • ムンプス難聴:0.1〜1%程度3)

 

などが報告されています。

 

近年の国内調査では、ムンプス難聴の発症頻度が 約1:1000 と、従来言われてきた 1:15,000〜1:20,000 より高いことが示されており、片側性の高度難聴が多く、両側例も少数ながら存在することが明らかになっています3)5)。難聴は一度起こると回復しにくく、日常生活・学業への影響が大きい点が問題です5)。

 

ムンプスはワクチンで予防可能な疾患(VPD)であり、国内の解析では 定期ワクチン導入により医療費・社会的損失の面で十分に「元がとれる」ことが示されています6)。

 

症状の特徴

典型的には

  • 発熱(微熱〜高熱)

  • 片側または両側の耳下腺腫脹・圧痛

  • 咀嚼時痛、嚥下時痛

  • 全身倦怠感・頭痛

などが見られます1)2)。

 

耳下腺の腫れは、

  • 一般に 両側性が多い ものの、

  • 約25%の患者では片側のみが腫れる とされています8)。

また一側が腫れた後、数日おいて反対側が腫れてくることもあります8)。

耳下腺腫脹は通常3〜7日程度でピークを過ぎ、10日ほどかけて徐々に改善していきます2)。

腹痛や嘔気・嘔吐が目立つ場合は膵炎、思春期以降の男性での陰嚢痛・腫脹は精巣炎を疑います1)3)。

 

主な合併症

無菌性髄膜炎・脳炎
  • 無菌性髄膜炎:全ムンプス患者の1〜10%程度3)。

  • 脳炎:0.02〜0.03%と頻度は低いものの、後遺症や死亡に至ることもあります3)。

 

精巣炎・卵巣炎
  • 思春期以降の男性の20〜30%で精巣炎を合併し、強い疼痛と高熱のため入院加療が必要になることもあります3)。

  • 卵巣炎は稀ですが卵巣痛や腹痛の原因となります1)3)。

 

ムンプス難聴
  • 発症頻度は0.1〜1%程度3)。

  • 国内データでは約1:1000とさらに高い頻度で報告されており5)、多くは片側性・重度で、治療効果も乏しいとされています3)5)。

  • 一部は両側性高度難聴となり、人工内耳を要する例もあります3)5)。

 

無菌性髄膜炎:自然感染 vs ワクチン

古い国内報告では、自然感染による無菌性髄膜炎の頻度は1〜10%であるのに対し3)、

国内の一部ワクチン株では、ワクチン接種に伴う無菌性髄膜炎が自然感染より低頻度ではあるものの問題となった時期がありました7)。

現在使用されている星野株・鳥居株などでは、有効性が高い一方、Jeryl-Lynn株を用いたMMRワクチンより無菌性髄膜炎がやや多い可能性が指摘されています3)6)7)。

 

診断:症状・エコー・検査

1. 臨床診断

典型的な 耳下腺腫脹+発熱 があればムンプスを疑いますが、耳下腺腫脹の原因はムンプス以外にも多数あり、臨床所見だけで原因ウイルスまで特定するのは困難です3)。

 

鑑別に挙がるのは、

  • 他のウイルス性耳下腺炎(パラインフルエンザ、エンテロウイルスなど)3)

  • 細菌性耳下腺炎

  • 反復性耳下腺炎(juvenile recurrent parotitis:JRP)

  • Sjögren症候群や自己免疫性唾液腺疾患

  • 頚部リンパ節炎

  • 唾石症、唾液腺腫瘍

などです3)。

 

2. エコー(超音波)での鑑別

ムンプス耳下腺炎

急性ウイルス性耳下腺炎では、耳下腺がびまん性に腫大し、全体としてやや低エコー〜不均一な像となり、血流が増加した所見が得られます9)。

膿瘍形成や明らかな限局性腫瘤を伴わない点が、細菌性耳下腺炎や腫瘍との鑑別に役立ちます9)。

 

反復性耳下腺炎(JRP)

JRPでは、耳下腺内に 数mm大の多数の低エコー域(小嚢胞様病変) が散在し、導管拡張(sialectasis)を反映した「蜂巣状」「ぶどう房状」の像を示すことが特徴的です9)。

この 「多発小低エコー域」はJRPの典型像であり、ムンプスに特徴的というよりはJRPにより強く結びつく所見 と理解されています9)。

 

まとめ:エコーでの考え方

  • ムンプス: びまん性腫大+均質〜やや不均一低エコー、血流増加、明らかな多発嚢胞状変化は乏しい。

  • 反復性耳下腺炎: 多数の小さな低エコー域・導管拡張が特徴的9)。

  • 細菌性耳下腺炎: 限局性低エコー域(膿瘍)、周囲軟部組織の浮腫、血流増加など。

と整理しておくと、臨床所見と合わせて鑑別がしやすくなります。

 

検査

1. 抗体検査(EIA IgM・IgG)

日本の臨床現場では、保険収載されたEIA法によるムンプスIgM抗体 が広く用いられています3)10)。

診療報酬上は「グロブリンクラス別ウイルス抗体価」として算定される項目に含まれます12)。

 

発症後日数とIgM感度(EIA)

NIIDが国内キット(DENKA社 EIA IgM)で検討したデータでは10):

  • ワクチン未接種例

    • 初診時採血全体でのIgM陽性率:87.2%

    • 耳下腺腫脹 1日目 採血でも陽性率:86.7%

    • 5日目以降 に採血した例では 100%陽性

  • 既にムンプスワクチンを1回接種していた例

    • IgM陽性率:10.4%と低く、ワクチン既接種者ではIgM陰性でもムンプスを否定できない10)。

 

米国CDCも、IgMは耳下腺腫脹から3日以上経過して採血した方が検出感度が高く、ワクチン既接種者ではIgMが陰性でもPCRなどが必要になるとしています11)。

 

抗体検査の有用な場面
  • 典型的な耳下腺腫脹があるが、他の原因(EBウイルスなど)との鑑別が必要なとき3)10)。

  • 髄膜炎・精巣炎などでムンプス関与を疑うが、耳下腺腫脹がはっきりしないとき3)。

  • 集団感染・アウトブレイクで原因ウイルスを確認したいとき3)。

一方で、

  • ワクチン既接種者

  • 既感染歴がある症例

ではIgMが出にくく、IgGペア血清や遺伝子検査を併用しないと確定が難しいことがあります3)10)11)。

 

2. PCR・LAMP(遺伝子検査)と保険適応

RT-PCRやRT-LAMPなどの遺伝子検査は、

  • 感度が高く、耳下腺腫脹初期〜数日間の唾液・咽頭ぬぐい液からウイルスRNAを検出可能で、

  • IgMがまだ陰性の時期や、ワクチン既接種者・再感染例でも診断に有用です3)10)11)。

 

実際、RT-PCRとIgM EIAを比較した研究では、発症早期ほどPCRの感度が高く、IgMはやや遅れて陽性化する ことが示されています11)。

 

このようにムンプスの遺伝子検査は最も信頼性が高いですが、現在一般保険診療としてムンプスPCRをオーダーすることはできません(保険適用外)。

実際には、保健所・検疫所・専門施設でのサーベイランスや、ワクチン副反応調査(ワクチン株と野生株の鑑別)で利用される検査です3)10)。

 

治療

ムンプスに対する特異的な抗ウイルス薬はなく、治療は以下のような 対症療法 が中心です1)3)。

  • 解熱鎮痛薬(アセトアミノフェンなど)

  • 水分・栄養補給

  • 耳下腺部位の冷罨法(冷やしすぎに注意)

  • 精巣炎がある場合は陰嚢挙上・冷罨法・鎮痛薬

 

無菌性髄膜炎や精巣炎、膵炎、脳炎が疑われる場合は、入院のうえで輸液・疼痛管理・必要に応じた専門科(小児科/耳鼻科/泌尿器科/神経内科)との連携が必要です1)3)6)。

 

ワクチン(任意接種)と副反応

効果

  • 1回接種で70〜90%程度の発症予防効果があり3)6)、

  • 流行抑制には2回接種+高い接種率が必要とされています2)3)。

国内の経済評価モデルでは、Routine接種によりムンプス患者数と合併症が大幅に減り、年間医療費・社会的コスト・QALY損失などの各方面いずれも有意に改善することが示されています6)。

 

副反応

日本の大規模解析では、国産ムンプスワクチン接種後の主な副反応として6):

  • 発熱:6.0%(336/5,603)

  • 耳下腺腫脹:1.8%(97/5,541)

  • 無菌性髄膜炎:0.016%(1/6,443)

  • 脳炎:0.0004%

  • 難聴:0.000017%

などが報告されています6)。

 

無菌性髄膜炎については、自然感染の頻度(1〜10%)3)と比較するとワクチンによる頻度は1桁以上低く、

自然感染による合併症リスクの方がはるかに大きい ことが示されています3)6)7)。

 

まとめ

  • おたふく風邪は多くが自然軽快する一方で、無菌性髄膜炎や精巣炎、ムンプス難聴など「後遺症を残しうる合併症」を持つ疾患です1)3)5)。

  • 耳下腺腫脹は両側例が多いものの、約4分の1は片側のみ の腫れであるため8)、片側性だからといってムンプスを否定はできません。

  • エコーでは、ムンプスはびまん性腫大+軽度低エコーが基本で、多発小低エコー域はむしろ反復性耳下腺炎(JRP)に典型的 という点が重要な鑑別ポイントです9)。

  • 抗体検査(EIA IgM)は、日本では保険収載され広く使われており3)10)12)、発症5日以降の未接種例では感度が非常に高い一方、ワクチン既接種者では感度が低い10)11)という弱点があります。

  • PCR・LAMPは高感度ですが、一般外来での保険適用は現時点で整備されておらず3)10)12)、主に公衆衛生的な検査として位置づけられています。

  • 国内データでは、国産ムンプスワクチンの副反応(発熱・耳下腺腫脹・無菌性髄膜炎など)は、自然感染による合併症頻度より明らかに低い ことが示されており6)7)、予防接種によるメリットが大きいと考えられます。

 

参考文献

  1. Hviid A, Rubin S, Mühlemann K. Mumps. Lancet. 2008;371(9616):932-944. 

  2. World Health Organization. Vaccine-preventable diseases surveillance standards: Mumps. WHO; 2018. 

  3. 木所稔. おたふくかぜワクチンの展望. ウイルス. 2018;68(2):125-136. 

  4. 国立感染症研究所. 流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)2013年7月現在. IASR. 2013;34:189-190. 

  5. Takagi A, et al. Incidence and clinical features of mumps deafness in Japan, 2005–2017. Auris Nasus Larynx. 2022;49(1):93-99. 

  6. Kitano T, et al. Cost-benefit analysis of routine mumps vaccination in Japan with consideration of vaccine adverse events. Clin Exp Vaccine Res. 2017;6(2):120-127. 

  7. Nagai T, et al. Comparative study of aseptic meningitis incidence in natural mumps and monovalent mumps vaccine recipients in Japan. Vaccine. 2007;25(14):2749-2754. 

  8. Centers for Disease Control and Prevention. Clinical Features of Mumps. 2024. 

  9. Dammak N, et al. Juvenile recurrent parotitis in a 4-year-old patient: a case report. Pan Afr Med J. 2021;38:73. 

  10. 国立感染症研究所. 外来診療におけるムンプスの診断. IASR. 2016;37:157-158. 

  11. Rota JS, et al. Comparison of the sensitivity of laboratory diagnostic methods from mumps outbreaks in the United States, 2006. J Clin Microbiol. 2013;51(5):1650-1655. 

  12. Centers for Disease Control and Prevention. Serology to Diagnose Mumps / Laboratory Testing for Mumps. 2024. 

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