RSウイルス感染症
RSウイルス(RSV)は、主に冬場に流行する呼吸器ウイルスで、乳幼児の細気管支炎・肺炎の最大の原因のひとつです。(1)(2)
世界全体では、5歳未満の子どもにおけるRSV関連の急性下気道感染症は、毎年約3,300万例、死亡は約12万例と推計されています。 (1)
日本でも、RSVは5歳未満の下気道感染症・入院の重要な原因であり、特に1歳未満の乳児で入院率が高いことが報告されています。(2)
ほとんどの子どもが2歳までに一度はRSVに感染すると言われており、再感染も珍しくありません。(3)
誰が重症化しやすい?
WHOや各種研究から、以下の方が重症化リスクが高いとされています。(1)(2)(3)(4)
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生後6か月未満の乳児、とくに生後3か月未満
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早産児(在胎35週未満など)
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慢性肺疾患(BPD)や先天性心疾患をもつお子さん
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免疫不全のある方
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高齢者(特に60〜65歳以上)や、心不全・COPDなど基礎疾患のある成人(3)(4)
一方で、日本のデータでは、入院が必要となった乳幼児の多くは「基礎疾患のない健康児」であることも示されており、「リスクがないから安心」とは言い切れません。(2)
症状と経過
典型的な経過
RSV感染の潜伏期は4〜7日程度で、まずは「かぜ」のような上気道症状から始まります。(3)
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鼻水、鼻づまり
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軽い咳
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微熱〜発熱
発症から2〜4日ほど遅れて、咳が強くなり、ゼーゼー・ヒューヒューする「喘鳴」や、呼吸が速く浅くなるなど、下気道症状が目立ってきます。(5)
CDCも、「RSVは最初は軽いかぜのように始まるが、数日経過してから症状が重くなることがある」と記載しており、(4)
発症後しばらくは軽く見えても、3〜5日目あたりで急に悪化する
という臨床現場での感覚を裏付けるデータと言えます。
発熱の平均日数
入院した小児RSV症例を扱った比較的新しい研究では、発熱の中央値が約4日と報告されています。(6)
別のコホートでも、乳幼児RSV感染症での発熱は概ね3〜6日程度続くことが多いとされています。(5)(6)
当院でも、
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1〜2日目: 鼻水・軽い咳・微熱
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3〜5日目: 咳嗽と呼吸困難が強くなりやすい「山場」
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1週間前後: 解熱し、少しずつ呼吸状態が改善(ただし咳は長引く)
という経過が多く、「発熱4〜5日目にかけて症状が悪化しやすい」印象と、医学的なデータは矛盾しません。
肺炎・細気管支炎、入院などの頻度
世界的な推計では、RSVに感染した乳幼児のうち2〜3%が、細気管支炎や肺炎で入院になるとされています。(7)
日本のデータでは、RSVは5歳未満の下気道感染症入院の主要原因であり、入院例の多くが「細気管支炎」または「肺炎」と診断されています。(2)(8)
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入院例の多くは生後1歳未満
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入院期間は中央値で約5〜7日程度(8)
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入院が必要になるのは全体の一部ですが、集中治療を要する重症例も存在
という点が示されています。
将来の喘息発症との関係
「RSVにかかると、その後の喘息リスクが上がるのか?」という点は、多くの保護者の方が気にされるところです。
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早期乳幼児期(2歳未満)にRSVを含む細気管支炎で入院した子どもは、その後の喘鳴・喘息の発症リスクが上昇する、という報告が多数あります。(9)(10)
2021年のメタアナリシスでは、
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乳幼児期の細気管支炎を経験した子どもは、していない子どもに比べて、その後の喘息・反復性喘鳴のリスクが約2倍以上に高まることが示されています。(9)
また、重症(入院を要する)RSV細気管支炎は、とくに小学校低学年頃までの喘息発症リスクと関連することが指摘されています。(10)
ただし、
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「RSVにかかったから必ず喘息になる」わけではない
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アレルギー素因(家族歴など)や、他の環境要因(タバコ煙、気道感染の頻度など)も影響する
ため、個々のお子さんのリスクを総合的に評価していくことが大切です。
検査
抗原検査
一般的に行われるのは、鼻咽頭ぬぐい液を使った迅速抗原検査です。
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結果が10〜30分程度で出る
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陽性であればRSVの診断がほぼ確実
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PCRに比べて感度はやや劣るが、スクリーニングとして有用
検査精度(感度・特異度)
迅速抗原検査をまとめたシステマティックレビューでは、(11)
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感度:おおむね80%前後(研究や年齢層により差あり)
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特異度:95〜100%と非常に高い
と報告されています。
つまり、「陽性ならほぼ間違いないが、陰性でも完全には否定できない」検査です。
保険適用の条件
RSV迅速抗原検査は、誰にでも気軽に行えるわけではなく、健康保険上の算定条件が定められています。(12)
現行の保険取扱いでは、概ね以下のような条件が設定されています。
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RSウイルス感染症が強く疑われる1歳未満の児
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入院中で治療方針の決定に検査結果が重要な場合
当院では、年齢や基礎疾患、症状の経過を踏まえ、必要性が高いと判断した場合に検査を行っています。
治療
RSVに対して、一般的な意味での「ウイルスを直接やっつける飲み薬・吸入薬」は、現時点ではありません。(5)
治療の基本は対症療法・支持療法です。
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水分補給(哺乳量の確保)
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解熱薬(アセトアミノフェンなど)
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喘鳴が強い場合はβ刺激薬吸入や酸素投与(入院が必要)
抗菌薬(抗生物質)はウイルスには効かないため、細菌性肺炎や中耳炎などの合併症が疑われる場合に限って使用されます。
予防①:ベイフォータス(ニルセビマブ)について
どんな薬?
ベイフォータス®(一般名ニルセビマブ)は、RSVのFタンパク質を狙った長時間作用型のヒト化モノクローナル抗体です。(13)(14)
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「ワクチン」ではなく、受け身の免疫(パッシブ免疫)を与えるお薬
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1回の筋肉内注射で、RSV流行シーズンをほぼカバーできるのが特徴です
主要な第3相試験では、(13)
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正期産〜遅産の乳児を対象に、重症RSV下気道感染(医療機関受診を要する下気道感染)の発症リスクを
約70〜75%程度減少させたと報告されています。
対象者(適応)
日本では、添付文書および専門家コンセンサスに基づき、(13)
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在胎週数の短い早産児
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慢性肺疾患(BPD)のある乳児
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先天性心疾患などを有する乳児
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そのほか重症化リスクが高いと判断される乳児
など、ハイリスク乳児を中心に保険適用される予防薬として位置づけられています。(2)(13)
具体的には、
- 在胎期間28週以下の早産で、12か月齢以下の児
- 在胎期間29~35週の早産で、6か月齢以下の児
- 過去6か月以内に慢性肺疾患の治療を受けた24か月齢以下の児
- 24か月齢以下の血行動態に異常のある先天性心疾患の児
- 24か月齢以下のダウン症候群の児
- 24か月齢以下の免疫不全を伴う児
が対象となります。
肺低形成、気道狭窄、食道閉鎖症、代謝異常症、神経筋疾患の患者さんはベイフォータスの適応外のため、20年以上前から用いられているシナジス(パリビズマブ;月1回注射)が用いられます。
ベイフォータスの薬価
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50mgシリンジ:約459,000円/本
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100mgシリンジ:約906,000円/本
と非常に高額なお薬です。
予防②:RSワクチン(高齢者向け・妊婦向け)
高齢者向けRSワクチン
日本では、以下のRSウイルスワクチンが成人向けに承認されています。(15)(16)
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アレックスビー®(組換えRSウイルスワクチン;グラクソ・スミスクライン)
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主に60歳以上、または50歳以上のハイリスク者が対象(15)(16)
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アブリスボ®(RSVプレFワクチン;ファイザー)
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60歳以上の高齢者に加え、妊婦への接種も適応(16)
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高齢者を対象とした大規模試験では、
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RSVによる下気道感染症に対し、約82%程度の発症予防効果を示したと報告されています。(15)
妊婦向けRSワクチン(アブリスボ)
Abrysvo(アブリスボ)を妊娠24〜36週の妊婦に接種することで、出生後6か月までの乳児の重症RSV下気道感染を約50〜60%減らしたとする試験結果が報告されています。(16)
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胎盤を通じて母体の抗体が赤ちゃんに移行し、生後数か月の重症リスクが下がる
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生後すぐにRSVシーズンに入るお子さんには、大きなメリットが期待されます
2026年からの「妊婦への定期接種」について
厚生科学審議会等の審議の結果、2026年4月から、妊婦を対象にRSウイルスワクチン(アブリスボ)の定期接種が開始される予定とされています。(17)
「任意接種(自費)」から「定期接種(公費)」へ移行することで、費用負担が大きく軽減される見込みです
アレックスビー/アブリスボの価格
これらのワクチンは薬価基準未収載(=保険給付の対象外)であり、現状は医療機関ごとの自費設定となっています。(18)
当院の情報に関しては、こちらのお知らせを御覧ください。
鉾田市の助成制度(2025年11月時点)
鉾田市では、令和7年度(2025年4月1日)から、RSウイルス関連の任意予防接種に対する公費助成が始まっています。(19)
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対象ワクチンと対象者
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RSウイルス(妊婦):
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アブリスボ®:1回につき4,000円の助成
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RSウイルス(60歳以上の方):
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アレックスビー®/アブリスボ®:いずれも1回につき4,000円の助成
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助成期間:令和7年4月1日〜令和8年3月31日
まとめ
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RSウイルスは、乳幼児の細気管支炎・肺炎の最大の原因のひとつであり、世界的にも重要な病原体です。(1)(2)
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多くは自然に軽快しますが、生後6か月未満や基礎疾患のある方では重症化リスクが高く、注意が必要です。(3)(4)
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症状は発症後2〜4日で悪化しやすく、臨床的には4〜5日目前後が「山場」となるケースが多いです。(4)(5)(6)
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世界・日本ともに小児呼吸器入院の大きな割合をRSVが占めることが示されています。(1)(2)(7)(8)
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乳幼児期の重症RSV感染は、その後の喘息・反復性喘鳴のリスクを上げうるため、長期的なフォローも大切です。(9)(10)
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迅速抗原検査は、感度約80%・特異度95〜100%と有用ですが、保険適用には一定の条件があります。(11)(12)
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予防手段として、
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乳児向けのベイフォータス®(ニルセビマブ)
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高齢者向けのアレックスビー®
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妊婦・高齢者向けのアブリスボ®
が登場しており、それぞれ高い予防効果が示されています。(13)(15)(16)
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鉾田市では、2025年度から妊婦・60歳以上の方のRSワクチン接種に対する助成が始まっています。(19)
参考文献
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Kampmann B. Immunization of pregnant women with an RSV prefusion F protein-based vaccine and protection of their infants. N Engl J Med. 2023;389:XXX-XXX.
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厚生労働省・関係審議会資料. RSウイルスワクチン(妊婦対象)の定期接種化に関する審議. 2024.
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KEGG MEDICUS/医薬品インタビューフォーム. アレックスビー筋注用/アブリスボ筋注用. 2024–2025.
-
鉾田市役所. 令和7年度から開始の任意予防接種費の助成について. 2025年4月1日更新.
