咳喘息
1. 咳喘息とは?
「咳が何週間も続いてつらいのに、ゼーゼーも息苦しさもない。レントゲンも異常なし。なのに治らない…」
そのようなときに考えられる病気の一つが咳喘息(cough variant asthma:CVA)です。
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喘息の一種で、主な症状が“咳だけ”であるタイプ
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気管支のアレルギー性炎症や気道過敏性は、典型的な喘息とほぼ同じ
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長引く咳(慢性咳嗽)の原因として、日本では非常に頻度が高いとされています1)
日本呼吸器学会の「咳嗽・喀痰のガイドライン」でも、咳喘息は慢性咳嗽の主要な原因の一つとして位置づけられています1)。
全国多施設研究では、8週間以上続く慢性咳嗽334例のうち、咳喘息が92例(約3割)で最多原因だったと報告されています2)。
2. どんな症状が出る?
小児と成人で共通する特徴
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乾いた咳(空咳)が長く続く
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3〜8週間以上続くことが多い
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夜〜明け方、冷たい空気・運動・会話・笑いなどで悪化しやすい
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痰は少ないか、出ても少量
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胸の痛み・発熱・体重減少などは通常はっきりしない
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聴診でゼーゼー(喘鳴)が聞こえないことが多い
子どもでよくみられるパターン
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夜や明け方になるとゴホゴホと咳き込む
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かぜが治ったと思ったのに咳だけが何週間も続く
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運動やプールのあと、冷たい空気で咳が強く出る
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アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎、家族に喘息・アレルギーがある
成人でよくみられるパターン
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仕事中・会話中の発作的な咳で困る
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「かぜが長引いている」と言われ、市販薬や鎮咳薬でも良くならない
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タバコは吸わない/やめているのに咳だけ続く
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以前から、同じような「咳が長引く時期」を何度もくり返している
CVAは典型的な喘息と違い、「呼吸困難よりも咳が前面に出る」のが特徴ですが、気道の炎症や過敏性は喘鳴を伴う喘息と共通であることがわかっています3)。
3. なぜ咳だけの喘息になるの?
咳喘息では、気道に好酸球性炎症が起こり、気管支が敏感(気道過敏)になっています3)。
また、咳喘息は「喘息スペクトラムの一型」であり、放置すると典型的な喘息に進行しうる病態であることが古くから指摘されています4)。
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ちょっとした刺激(冷気、香水、埃、ウイルス感染後など)で
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気道の「咳センサー(咳受容体)」が過敏になり
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気管支の収縮とともに、強い咳が出やすい
内視鏡やCTを用いた研究・レビューでは、咳喘息でも典型的な喘息と同様に、気道壁の肥厚(リモデリング)がみられることが報告されています5)。
これは、長く続く炎症や咳そのものの機械的刺激が、気道の構造変化につながる可能性を示唆しています5)。
4. 咳喘息はどれくらい多い?
日本の呼吸器専門医施設を対象とした前向き研究では、慢性咳嗽334例のうち、主な原因は以下の通りでした2)。
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咳喘息:92例(約28%)
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副鼻腔気管支症候群(SBS):36例
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アトピー咳嗽:31例
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逆流性咳嗽(GER関連):10例 など2)
慢性咳嗽の原因として、咳喘息は最も頻度が高い疾患であり、日本のガイドラインでも、まず考慮すべき疾患の一つとして扱われています1,2)。
国際的なレビューでも、慢性咳嗽の原因として喘息関連咳嗽(咳喘息を含む)が重要な位置を占めることが示されています6)。
5. どんなときに咳喘息を疑う?
「要注意パターン」
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3〜8週間以上、咳だけが続いている
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夜や明け方、冷たい空気で咳が強くなる
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市販の咳止めや去痰薬で良くならない
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かぜのたびに「咳だけ長引く」ことをくり返している
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アレルギー性鼻炎・アトピー性皮膚炎・喘息の家族歴がある
こうした特徴は、国内外の慢性咳嗽ガイドラインでも喘息関連咳嗽に典型的なパターンとして示されています1,7)。
プライマリ・ケアの外来患者195例を対象にした日本の研究では8)、
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慢性咳嗽患者のうち、咳喘息が20.5%、アトピー咳嗽が50.8%
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「3週間以上続く咳の再発歴」がある患者の93%が咳喘息だったのに対し、
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感染後咳嗽では12%にとどまった
と報告されています。
つまり、「長引く咳を何度もくり返している既往」は咳喘息を強く示唆する情報とされています8)。
6. 咳喘息および慢性咳嗽の診断の流れ
① まずは「危険な咳」を除外
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高熱が続く、血痰・胸痛、体重減少、喫煙歴が強い →
肺炎・肺癌・結核などを優先して評価 -
レントゲン異常があれば、その精査を優先
② 基本検査
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問診・身体診察
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胸部X線
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スパイロメトリー(肺機能検査)
典型的な喘息では可逆性の気流制限(1秒量の改善)がみられますが、CVAでは正常なことも少なくありません3,6)。
③ 咳喘息を示唆する検査・所見
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気道過敏性試験(メサコリンなど)
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呼気一酸化窒素(FeNO)
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喘息治療薬(ICS±気管支拡張薬)による咳の改善
→ 日本の咳嗽ガイドラインでも、喘息関連咳嗽(咳喘息・アトピー咳嗽など)ではICS治療を診断・治療の中核とすることが推奨されています1)。
④ 鑑別診断
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アトピー咳嗽(NAEBを含む)
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副鼻腔気管支症候群(慢性副鼻腔炎に伴う後鼻漏)
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逆流性食道炎に伴う咳
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ACE阻害薬による咳 など1,2,5,7)
これらが重なっていることも多く、「咳喘息+副鼻腔炎」「咳喘息+逆流性食道炎」などの合併を意識することも重要です2,5)。
7. 治療の基本 ― 「炎症を抑える」ことが最優先
1) 治療は吸入ステロイド薬(ICS)が中心
日本の成人喘息ガイドライン(JGL 2021)では、典型的な喘息だけでなく、咳が主体の喘息でもICSを基本とした段階的治療が推奨されています3)。
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喘息と同様、毎日定期的に吸入することが重要
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効果が出るまでに数日〜数週間かかることも多い
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症状の強さやコントロール状況に応じて、
ICS単剤 → ICS/LABA配合薬 → 追加薬(LTRAなど)とステップアップ
2) 進行予防としてのICS
咳喘息は、「放っておくと典型的な喘息へ進行しうる病態」と考えられています4,5)。
日本の後ろ向き研究では、4年間の追跡で、咳喘息患者の約31%が喘鳴を伴う典型的喘息に進展したと報告されています4)。
ただし、早期にICSを使用した群では、喘息への進展リスクが有意に低かった(オッズ比0.12, 95%CI 0.02–0.87)とされ、ICSによる進展予防効果が示唆されています4,5)。
3) 追加薬(LTRA・LABAなど)
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ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA:モンテルカストなど)は、
喘息関連咳嗽に対する追加治療として有用とする報告があり、特に小児CVAではICS+LTRAで再発率が低下したとする研究もあります5)。 -
ICS/LABA配合薬も、喘息と同様に咳のコントロール改善に有効とされます5,6)。
国際ガイドラインや総説でも、CVAに対する第一選択はICSであり、反応が不十分な場合にLTRAやICS/LABAの追加を検討するという方針で概ね一致しています6,7)。
8. どれくらい治療を続けるのか?
ここは非常に重要なポイントです。
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咳が消えたからといってすぐにICSを中止すると、再燃することが多い
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ICSを全く使わない場合、成人CVAの30〜40%が数年で典型的喘息へ進展すると推定されています4,5)。
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一方、ICS治療を継続したコホートでは、喘息への進展率が15%前後まで低下したとする報告もあります5)。
日本人を含むデータをまとめたレビューでは5)、
症状が落ち着いてからも、少なくとも1〜2年間はICSを継続し、その後も慎重に減量・中止を検討する
という戦略が提案されています5)。
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「咳が止まっても、主治医の指示があるまでは自己判断で薬をやめない」
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「少なくとも“1シーズン”ではなく“複数年単位”で付き合う病気」
という認識が重要です。
9. 子どもの咳喘息のポイント
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アレルギー体質(アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、アレルギー性鼻炎など)を背景に持つことが多い
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成人よりも典型的喘息への進展リスクが高い可能性が指摘されています5)。
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小児では吸入手技・アドヒアランスが問題となりやすいため、
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スペーサーの使用
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家族による吸入見守り
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学校・園との情報共有
などチームでのフォローが重要です。
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ICS+LTRAの併用で、咳の再発を減らせたとする小児CVAの報告もあり5)、「軽いうちからきちんと治す」ことで将来の喘息リスクを減らすという考え方が治療の基本です1,3,5)。
10. 生活上の注意点
薬物治療とあわせて、次のような生活・環境調整も大切です。
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喫煙・受動喫煙の回避(家族の電子タバコも含めて)
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ダニ・ハウスダスト対策(寝具の洗濯・掃除機・布団乾燥など)
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かぜ予防(手洗い、ワクチン接種の検討など)
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アレルギー性鼻炎・副鼻腔炎の治療
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冷たい空気で咳が出やすい場合は、マスクやマフラーで口元を覆う
11. こんな時は早めに受診・救急相談を
次のような症状がある場合は、咳喘息以外の重い病気や、重症喘息発作の可能性もあるため、早めの受診や救急相談が必要です。
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息苦しくて会話が続かない、ヒューヒュー音が強い
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唇や顔色が紫っぽい
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胸の痛み・強い圧迫感を伴う
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高熱や血痰、急激な体重減少がある
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子どもで、ぐったりしている・顔色が悪い
12. まとめ
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咳喘息は、「咳だけが続くタイプの喘息」で、日本では慢性咳嗽の最も頻度の高い原因の一つです1,2)。
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気道炎症やリモデリングは典型的喘息と共通しており、放置すると3〜4割が典型喘息に進展しうるとされています4,5)。
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診断には、長引く乾性咳・再発歴・アレルギー素因の有無、肺機能検査やICS治療への反応などを総合的にみます1,3,5,8)。
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治療の中心は吸入ステロイド薬(ICS)であり、症状が治まっても1〜2年は継続することが推奨されます4,5,7)。
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小児では特に将来の喘息進展予防の観点から、早期診断・早期介入・家族を含めたチーム支援が重要です5)。
参考文献
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